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2020.11.10

昔の ローマ ②永遠の都 ローマは昔は農村だった?

東京のど真ん中だって100年前は農村が残っていたでしょうね
永遠の都の ローマの観光名所も昔は農村地帯でした。


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フォロロマ-ノ遺跡の横フォーリ・インペリアーリ通りでは牛を使って
開墾しています。




1942 cole oppio-resize

オッピオ(Cole Oppio)丘公園は農園でした。
遠方にコロッセオが見えます。
まだこの時代はコロッセオが建築資材として破壊されずに
完全に近い形で残っています。



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ナヴォ-ナ広場
牛馬を放牧しています。

この時代の人たちはロ-マの町が世界から観光客が訪れ
賑わう町になると想像もしなかったことでしょう。

2020.11.03

昔の ローマ ①テルミニ駅

ローマ は数百年も変わらない「永遠の都」だと思っていましたが、
古い写真を見比べてみたところ少しづつ長い年月を経て都会化してきました。
昔の素敵な時代のローマ をご覧ください。
                  MEMORIE DI ROMAより写真をお借りしました。

①テルミニ駅  ローマ ・テルミニ駅は「終着駅」の映画で有名になりました。
現在のテルミニ駅の駅舎はムッソリーニにより大幅に改築され1950年に完成しました。
1950年前はどんな駅だったのでしょう?


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1930年頃のテルミニ駅前広場の写真です。
自動車ではなく馬車が交通の主流でした。
現在のミラノ駅に似ています。
こちらの駅の方が美しい!。
ムッソリーニは美的&芸術的センスに欠けていたのでは?。


1930 ekimae-resize
1940年後半の頃の500人広場(Piazza 500)
自動車が少しづつ増え、路面電車が交通手段になりました。


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駅前の通勤ラッシュ時間帯
昔のイタリア人は服装がキッチとしていましたね。
左にはハイヤーが止まっています。


1954termini-resize.jpg

どこの国も、どの時代も通勤ラッシュはたいへん!



ローマナビネットはガイドブックに載っていない素敵なスポットに
ご案内いたします。
2013.02.05

世界遺産に薦めたい!岩壁修道院(聖ベネディクトゥス修道院)

岩壁修道院(聖ベネディクトゥス修道院)=スビアコ
スビアコはローマから東におよそ90km、シンブルイーニ山地とアニエネ川の谷間の田舎町。
岩壁に張り付くような聖ベネディクトゥスの修道院がある。
聖ベネディクトが3年間にわたり、 食料も屋外から洞窟の中へロープでつるされる
隠遁生活を送った修道院下段の洞窟。

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聖スコラスティカ修道院
聖スコラスティカは聖ベネディクトと双子の妹
修道院は皇帝ネロの湖があった場所に建てられ、
12の修道院のうち地震やサラセンの侵略にも耐え、
今日まで残っている。当初は聖シルベスターと呼ばれていた。
11世紀の始めフンボルト修道院長の時代の鐘楼が美しい。

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回廊沿いにある1000年を超えるフレスコ画は剥がれ落ちてますが自然に任せ
修復はしていません。いつか見えなく日も来ることでしょう
館内にある教会にはネロ皇帝の別荘跡から運んだという
巨大な大理石の柱が2本支えてます

ローマから車で2時間弱、ガイドブックにも載ってない
歴史の深い多くの史跡があります。


2011.09.22

石造りの町が好き

私が学生時代にヨーロッパで暮らしたいと決意したのは
数百年に渡る重厚な歴史に刻まれた石造りの町並みに感動したからです。
今でも時々、石造りの町を訪れるとたまらない郷愁に吸い付かれ
心が大きく揺さぶられます。数百年前、自分はここで暮らしてたのだと。
たまらないほど懐かしさを感じます。

アッシジの町
アッシジの町の外れにて

オルヴィエート郊外
オルヴィエートの町の外れにて

ペルージャ郊外
ペルージャ郊外にて

モンレアーレ
パレルモ郊外・モンレアーレの町並み

天空の町郊外
バニョレッジョの外れの町にて

イタリアは環境保護条例で歴史ある町は厳しく保護してます。
増改築、取り壊しは厳禁、屋根の材質、壁の色、当時と同じ
状態に保たないといけません。
だから10年経っても50年経っても変わらない風景があります。

日本に里帰りすると都会の林立するビル群に驚き
アンバランスで調和がとれていない建築、街づくりに、違和感を感じ
居心地が悪く、落ち着かない。故郷が消えていくようで悲しい。
私は「フーテンの寅さん」が訪れていた様な田舎や人情が好き!
イタリアの田舎の町にはそんな時代の空気がまだ残ってます。
2008.08.11

トラステーベレ昼下がりの風景

トラステーベレのこんな風景が好き
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夏のアンニュイな雰囲気がでてません?。 レトロが残ってるローマらしい町
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トラステーベレのシンボリックな教会:サンタマリアディトラステーベレ
中央の白い斜線は噴水の水です。
トラステーベレ地区はローマでもっともレストランが集中している区域で
夜になると食事や散策でたいへんな賑わいです。
昼間はパラパラと数名の観光客が歩いているだけですが
けだるさが漂うこの時間帯が好きです。

2007.12.20

ローマの風景

ローマのこんな風景って私は好きです。
3枚共、同じ場所から撮った写真ですが、どこか分かります?
ガイドブックには詳しく紹介されていないと思いますが・・・。
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<古代遺跡の円柱>
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<遺跡の中の住宅>
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<古代劇場跡、一般入場禁止>
2007.12.19

トラステーベレの風景

トラステーベレはローマでもっとも下町的雰囲気を感じることができます。
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300年前のアパートが多く、この時代のアパートは室内にトイレや風呂はありません
現代に入りテラスにトイレやシャワーを付け足しました。
室内や屋上に洗濯干し場はありません。窓に紐を張って干します。
壁は幅15cmの厚さの石なので数百年経っても住めるほど頑丈です。
東京は歴史のある建造物さえも壊して高層ビルを建て景観はどんどん変化してますが
ローマは景観を変化することを厳しく規制してます。中庭に小さな物置を作るのでさえ
市役所に届け、許可を得るのに長い時間がかかります。無断ですると衛星から
チェックされ厳罰に処分されます。
お陰でいつまでもローマらしい街が保たれ世界からの観光客が断たないのでしょう。
2007.05.10

トラステーベレ散策

昼下がりのトラステベレを散策しました。下町情緒を残すトラステーベレ地区は
ドイツ人やアメリカ人の観光客が多く訪れます。
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哀愁が漂いアンニュイな雰囲気が懐かしさを誘うのかもしれません。
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お洒落とは無縁の気取りがないところが最大の魅力かも。
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有名な史跡はないけれど、写真スポットはたくさんあります。
私は一番、ローマらしいところだと思います。

2007.02.28

トラステーベレの広場

トラステベレ地区の紹介ご好評でしたので写真を3枚ほど載せます
こちらはトラステベレのメインの広場サンタマリアinトラステベレです
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トラステベレは昼間は外人観光客がパラパラと歩いているくらいです
夜になると食事やワインを飲みに多くのイタリア人や観光客が押し寄せます。
安くて美味しいレストランが多いです。このエリア内だけで200のレストラン、ピッツエリア、
ワインバー、パブなどが犇きあってます。夜遅くでもオープンしてる店が多いです。
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広場でノンビリとゆっくりお茶してみるのもトラステベレ風で楽しいですよ。


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2007.02.27

トラステベレ散策①

私はトラステベレを散策するのが好きです。気取りのない下町・・
なにかホッとしますね
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夜になるとレストラン街として多くの人たちで賑わう通りも昼間は静かです。
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落書きがそこらじゅうにありますが、この街のカラーみたいに溶け込んでます。
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アンニュイな昼下がりのポルタポルテーゼを散歩してみたらいかが?

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